最高裁判所第三小法廷 昭和26年(れ)485号 判決 1951年8月28日
本籍並びに住居
大分県日田市大字竹田元町一〇五番地
古物商
森山幸重
大正一〇年九月九日生
本籍並びに住居
右同所
食堂並びに物品販売業
森山喜幸
明治二八年八月二二日生
右森山幸重に対する昭和二二年政令第一六五号違反、森山喜幸に対する昭和二二年政令第一六五号違反、物価統制令違反被告事件について昭和二五年一一月二八日福岡高等裁判所の言渡した判決に対し、各被告人から上告の申立があつたので当裁判所は刑訴施行法第二条に則り次のとおり判決する。
主文
本件各上告を棄却する
理由
弁護人三輪寿壮、同豊田求及び同加藤真の上告趣意第一点の第一について。
原判決はその事実摘示(第一審判決の記載引用)において、被告人森山喜幸が二回に亘つて占領軍兵士某から占領軍物資を収受して不法に所持した旨を判示しているが、二個の占領軍物資不法収受乃至同所持罪を認定したのではなく、包括して一個の同所持罪を認めたものであることがその判文からおのずからわかる。論旨は原判決が二個の犯罪を認めたものと誤解し、誤解を前提として原判決を非難するものであるから、採用することができない。(なお二個の犯罪を認むべきであるという主張は被告人にとつて不利益な主張であるから適法な上告理由とならない)
同第一点の第二について。
原判決は(その引用する第一審判決第五の一において)、被告人森山喜幸が(イ)二回に亘り井出より鮮魚等を統制額にて買受けるに際り杉下駄二百足を謝礼名義にて超過支払をした事実及び(ロ)三回に亘り右井出より鮮魚等を統制額にて買受けるに際り協力金又は謝礼金名義にて金二万円を超過支払をした事実を認定しているが、各一回の取引毎に各一個の犯罪があつたものとしたのではなく(イ)の二回の取引につき杉下駄二百足を贈与したとき並に(ロ)の三回の取引につき現金二万円を交付したときそれぞれ各一罪が成立したものとした趣旨が窺われる。論旨は各一回の取引毎に各一個の違反行為が成立するものと前提して、(このような主張は被告人に不利益な主張であるから適法な上告理由とならない)、原判決を非難するものであるから、採用することはできない。
同第二点の第一について。
所論のように進駐軍の一兵士が本件物資は占領軍の払下品であるという証明書を交付したからとて、それだけで昭和二二年政令一六五号一条一項にいわゆる「公に認められた場合」にあたるものではないことは論をまたずして明らかである。所論は被告人等が右の公に認められた場合に該当すると信じたのであるから、「前記政令第一条第一項に規定される犯罪構成要件事実については全く認識を欠いていた訳であり、従つて当然無罪」であると主張するのであるが、仮りに被告人が所論のような事情によつて公に認められた場合に該当すると信じたとしても、それは結局違法の認識を欠いていたというに過ぎない。しかるに違法の認識を欠いたからとて、犯意の成立を妨げるものでもなく、罪責を左右するものでもないことは、当裁判所の判例(昭和二三年(れ)第二〇二号同年七月一四日大法廷判決、昭和二四年(れ)第二二七六号同二五年一一月二八日第三小法廷判決)に徴して明らかである。それ故右のような理由による原判決の非難はあたらない。
次ぎに論旨は、被告人等及び村上弁護人は原審において本件が「公に認められた場合に該当する」ことを主張したのであるから、旧刑訴法三六〇条二項の法律上犯罪の成立を阻却すべき原由たる事実上の主張をしたことに外ならない、というのであるが、原審における被告人等及び弁護人の主張を調べてみると、所論のように「公に認められた場合に該当する」との主張はなされておらず、その主張はいずれも被告人等は右のように「信じた」という趣旨に過ぎない。このような主張は、前記のように結局違法の認識を欠いていたという主張に外ならないから、旧刑訴法三六〇条二項にいわゆる法律上犯罪の成立を阻却すべき原由たる事実上の主張ではなく、従つた原審がこれに対する判断を示さなかつたからとて、所論のような違法あるものということはできない。論旨はいずれの点も理由がない。
同第二点の第二について。
論旨は被告人等が物価統制令違反行為について違法の認識を欠いていたというのであるが、物価統制令違反の罪についても、違法の認識のなかつたことが犯意の成立を妨げるものでもなく、法律上犯罪の成立を阻却すべき原由となるものでもないこと上記のとおりである。(昭和二四年(れ)第二七九〇号同二五年一二月二六日当裁判所第三小法廷判決参照)従つて又原審においてそのような主張がなされたからとて、原判決がこれに対して何等の判断を示さなかつたことを違法とすべき理由はない。ただいわゆる期待可能性がなかつたという主張は、旧刑訴三六〇条二項の主張にあたるとしても、原審においてその主張がなされたものとは認められないから、原判決がこれに対する判断を示さなかつたことを以て違法ということはできない。論旨はなおその外にも被告人の犯行の動機等につき同情すべき事情のあつたことを述べ、原審がそれ等の点に考慮を払わないで有罪の判決をしたことを非難するのであるが、記録を調べてみれば、又殊に原判決を第一審判決に照らして合わせてみれば、原審は右の諸事情につき充分考慮した上で、被告人等の犯行につきその罪責を阻却すべき事由なしと判断しつつ、しかも右の情状を刑の量定に加味したものであることが窺い知られる。これを要するに論旨いずれの点も理由がない。
以上の理由により旧刑訴四四六条に従い、裁判官全員一致の意見を以て、主文のとおり判決する。
検察官 石田富平関与
(裁判長裁判官 井上登 裁判官 島保 裁判官 河村又介)